日本歴史地名大系 「中頓別村」の解説 中頓別村なかとんべつむら 北海道:宗谷支庁中頓別町中頓別村[現在地名]枝幸(えさし)郡中頓別町字中頓別・字寿(ことぶき)・字弥生(やよい)・字旭台(あさひだい)・字上駒(かみこま)・字藤井(ふじい)・字豊泉(とよいずみ)・字松音知(まつねしり)・字敏音知(びんねしり)・字豊平(とよひら)・字上頓別(かみとんべつ)・字栄(さかえ)・字秋田(あきた)・字岩手(いわて)・字神崎(かんざき)・字小頓別(しようとんべつ)・字兵安(へいあん)大正一〇年(一九二一)頓別村から分村して成立した枝幸郡の村。開拓は明治三七年(一九〇四)三月、頓別原野に入植した楢原民之助が原野三六線周辺を開拓したのに始まる。以後、原野三六線周辺や二五線付近(現在の字弥生・字寿)、ピラカナイ(現在の字旭台・字豊泉)、シュルクオマナイ(現在の字上駒)、ペーチャン(現在の字兵安・字神崎)などに入植が続き、集落が形成された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by