宗谷支庁(読み)ソウヤシチョウ

日本歴史地名大系 「宗谷支庁」の解説

宗谷支庁
そうやしちよう

面積:四〇五〇・七一平方キロ
稚内(わつかない)市、枝幸(えさし)郡枝幸(えさし)町・歌登(うたのぼり)町・浜頓別(はまとんべつ)町・中頓別(なかとんべつ)町、宗谷(そうや)郡猿払(さるふつ)村、天塩(てしお)郡豊富(とよとみ)町、利尻(りしり)郡利尻富士(りしりふじ)町・利尻(りしり)町、礼文(れぶん)郡礼文(れぶん)町

北海道最北端に位置し、オホーツク海と日本海に面する。南は西から留萌・上川・網走の各支庁に接し、稚内市西方、日本海上の利尻島・礼文島にある三町も含む。明治三〇年(一八九七)に設置され、現在の管轄市町村は一市八町一村。支庁は稚内市大黒(だいこく)五丁目に所在する。明治五年九月、宗谷(現稚内市)に開拓使宗谷支庁が設置された。管轄国郡は北見国四郡(枝幸・宗谷・利尻・礼文)と天塩国六郡(天塩・中川・上川・苫前・留萌・増毛)の計一〇郡で、枝幸に出張所が設けられた(「事業報告」第一編)。しかし宗谷支庁は「北方ニ偏居シ、南方多端ノ事務取扱方不便利之廉不少候」ことから(「明治六年部類抄録五職制一」道立文書館蔵)、同六年二月に廃され、代わって留萌支庁を設置、宗谷には開拓使出張所が置かれた。同八年三月留萌支庁が廃されて管轄は札幌本庁に移管され、利尻・礼文二郡には出張所が設置された。同年六月には枝幸出張所を廃し宗谷出張所に合併、また利尻・礼文の出張所は宗谷出張所の派出所となった(「事業報告」第一編)。同一五年二月、開拓使は廃されて札幌県の管轄となり、同一九年一月には北海道庁が設置された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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