丹取郡(読み)にとりぐん

日本歴史地名大系 「丹取郡」の解説

丹取郡
にとりぐん

和名抄」に記載がなく、郡域も旧玉造たまつくり郡を中心とした広大な範域が考えられるが、未詳。「続日本紀」和銅六年(七一三)一二月二日条に、新しく陸奥国丹取郡を建てるとある。従来、丹取は名取のことで、この年を名取郡の創置としてきた。神亀五年(七二八)丹取軍団を玉造軍団と改めるが(同書同年四月一一日条)、これも名取軍団とみられていた。

しかしこれは明らかに名称の変更であり、名取軍団そのものは同年以後も存在し、弘仁六年(八一五)八月二三日の太政官符(類聚三代格)に名取団とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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