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小郡 おごおり

6件 の用語解説(小郡の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小郡
おごおり

山口県中部,山口市西部の旧町域。山口盆地の南端にある。 1901年町制。 1944年山口市に編入されたが 1949年分離。 2005年山口市,徳地町,秋穂町,阿知須町の1市3町と合体して山口市となった。

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デジタル大辞泉の解説

おごおり〔をごほり〕【小郡】

山口県山口市の地名。旧町名。山陽新幹線山陽本線が通じ、山口線宇部線が分岐する鉄道交通の要地。
福岡県中西部の市。米・麦の栽培などが行われるが、近年、都市化が著しい。人口5.9万(2010)。

しょう‐ぐん〔セウ‐〕【小郡】

古代の郡の大きさによる等級のうち、最小のもの。50戸を1里として、2里または3里を小郡とした。

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大辞林 第三版の解説

おごおり【小郡】

福岡県中西部の市。近郊農業が盛ん。近年、宅地開発が著しい。
山口県山口市の地名。山口盆地への入り口にあたり、陸上交通の要地。

しょうぐん【小郡】

律令制で、郡を里数の多少により五等級に分けたときの最下位。大化の制で三里、大宝令制で二里または三里から成る。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小郡
おごおり

山口県南西部、吉敷(よしき)郡にあった旧町名(小郡町(ちょう))。現在は山口市の中西部を占める地域。椹野(ふしの)川下流に位置し、山口盆地への入口にあたる。旧小郡町は1901年(明治34)町制施行。1944年(昭和19)山口市に合併されたが、1949年分離独立。2005年(平成17)ふたたび山口市と合併した。古代の東大寺領椹野庄(しょう)の一部で、中世には河口港津市(ついち)が大内氏の城下山口の外港として栄えた。近世には萩(はぎ)藩小郡宰判勘場(さいばんかんば)(代官所)が置かれ、また山陽道の宿駅、市場(いちば)町として発達した。明治以降、山陽本線と山口線、宇部線の分かれる交通の要地となり、機関区のある鉄道の町となった。山口市の玄関口にあたり、1975年山陽新幹線の小郡駅(2003年「新山口駅」に改名)が設置され、駅前の都市開発が進んでいる。国道2号、9号が通じ、中国自動車道小郡インターチェンジがあり、県総合交通センターや県流通センターも設置されている。商業、交通の就業率が高く、自動車関連産業が集まっている。[三浦 肇]
『『小郡町史』(1957・小郡町)』

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世界大百科事典内の小郡の言及

【郡】より

…中国の郡県制に淵源し,日本での初見は《日本書紀》大化2年(646)正月条の〈改新之詔〉に〈凡そ郡は四十里をもって大郡とせよ。三十里以下,四里より以上を中郡とし,三里を小郡とせよ〉とあり,このとき郡制が施行されたかのように記されているが,孝徳朝の649年(大化5)に(こおり)制が施行されて以来,7世紀の後半を通じて国の下の行政単位が一貫して評であったことは,金石文や木簡などの当時の史料から確かめられている。評も郡もともに〈こおり〉と読まれたらしいが,郡は評を継承しつつ701年(大宝1)の大宝令の制定とともに始まり,〈改新之詔〉はそれにもとづいて作文されたものと考えられている。…

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