久万城跡(読み)くまじようあと

日本歴史地名大系 「久万城跡」の解説

久万城跡
くまじようあと

[現在地名]高知市中久万

久万川の左岸、久万天満宮の鎮座する小高い山にあった平山城。城主は久万豊後守俊宗で、初め本山氏に属したが永禄三年(一五六〇)長宗我部元親の攻撃を受けて落城、以後元親に仕えたという。落城後、城は久武肥後守昌源に預けられた。天正一六年(一五八八)の久万村地検帳に「土居ヤシキ」(一反四六代三歩)が記され、「久武殿分」とあり、また「久万城詰ノ内」(四二代四歩)には「皆荒」とみえ、荒廃していることが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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