久留島通胤(読み)くるしま みちたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久留島通胤」の解説

久留島通胤 くるしま-みちたね

1829*-1859 幕末の大名。
文政11年12月17日生まれ。久留島通嘉(みちひろ)の子。兄久留島通明(みちあき)の跡をつぎ,嘉永(かえい)5年豊後(ぶんご)(大分県)森藩主久留島家11代となる。安政元年尊攘(そんじょう)派の藩士ふたりが脱藩すると,藩の執政5人を辞任させ幕府に陳謝した。安政6年11月25日死去。32歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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