ビラフランカの和議(読み)ビラフランカのわぎ(その他表記)Armistice of Villafranca

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビラフランカの和議」の意味・わかりやすい解説

ビラフランカの和議
ビラフランカのわぎ
Armistice of Villafranca

1859年7月11日,第2次イタリア独立戦争において,北イタリアのビラフランカでフランス皇帝ナポレオン3世とオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の間に結ばれた休戦協定。1859年4月に始まったサルジニア王国=フランス連合軍とオーストリアの戦争は同 1859年6月ソルフェリノの戦いで前者が勝利を収めたが,サルジニア王国が強大となることを恐れたナポレオン3世が単独でオーストリア側と休戦協定を結び,サルジニア王ビットリオ・エマヌエレ2世に事後承認を迫った。イタリアに憤激の声が上がったが,単独での抗戦を不可能として王はこの条約を承認。勝利に向かっていたイタリアの独立戦争はロンバルディアを奪回しただけで中止させられたため,先にプロンビエルの密約を結んでいたカミッロ・ベンソ・ディ・カブールはこの妥協に抗議して首相を辞任した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 密約

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む