乙連沢村(読み)おとれざわむら

日本歴史地名大系 「乙連沢村」の解説

乙連沢村
おとれざわむら

[現在地名]大田原市乙連沢

中央を南西どう川が流れ、西・東は丘陵部で、集落は川に沿ってある。東は羽田はんだ村、西は小滝こだき村、北は久保くぼ村。寛文四年(一六六四)の大田原藩領知目録に村名がみえる。幕末は旗本久世領(旧高旧領取調帳)大田原宿の大助郷を勤め、文化元年(一八〇四)頃の助郷高三四石余(「大田原宿宿方明細書上帳」大田原市教育委員会蔵)。元文五年(一七四〇)東方の秣場をめぐり、大田原藩領の当村・小滝村桜井さくらい村などと黒羽藩領尾多賀おたが村・余瀬よぜ(現那須郡黒羽町)など一〇ヵ村との間に争論が起こった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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