日本歴史地名大系 「亀ヶ森古墳・鎮守森古墳」の解説 亀ヶ森古墳・鎮守森古墳かめがもりこふん・ちんじゆもりこふん 福島県:河沼郡会津坂下町東青津村亀ヶ森古墳・鎮守森古墳[現在地名]会津坂下町青津 田中・男壇・舘ノ腰・中西阿賀川と旧宮(みや)川(鶴沼川)のほぼ中間の河岸段丘上に立地する。西側の会津盆地西縁山地上に分布する雷神山(らいじんやま)古墳や出崎山(でさきやま)古墳群などと合せて、宇内青津(うないあおづ)古墳群と称される。青津付近には、古墳時代前期の男壇(おだん)・宮東(みやひがし)・中西(なかにし)・雨沼(あまぬま)・丈助橋(じようすけばし)各遺跡が分布する。「新編会津風土記」には「村の戌の方にあるを大亀甲舘と云、高三丈周百間、上に観音堂及稲荷の祠あり、此より南四十間にあるを小亀甲舘と云、高一丈五尺周六十間、上に八幡宮を勧請す」と記され、大亀甲(だいきつこう)館が亀ヶ森古墳、小亀甲館が鎮守森古墳をさしている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by