亀尾城跡(読み)かめがおじようあと

日本歴史地名大系 「亀尾城跡」の解説

亀尾城跡
かめがおじようあと

[現在地名]岩国市錦見二丁目

岩国山の尾が張り出した先端に築かれた戦国時代の城。大内氏の家臣弘中三河守隆兼の居城として知られる。城の規模について「享保増補村記」は「高サ拾八間、平成所六反、内広段竪弐拾三間、横拾八間」と記す。「玖珂郡志」には「陶入道ガ命ニ依テ、江良丹後ヲ誅セシト陰徳記ニ書シモ此所ノコト也、(中略)山下ヲ城ノ前ト云、往古ハ左右沼ノ由、久有(森脇)ノ説ニ、此城、立五ノ縄ト云、名勝百首ニ、地理因堅固、築成亀尾城、弘中其大勇今亦語佳名ト称セラレシ也、按ニ弘治年中厳島合戦ニ弘中誅死シテ、城破却セシナルベシ」とあるが、すぐに破却されたのではなく、しばらくは毛利の兵がこれを利用していたらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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