二階堂大路(読み)にかいどうおおじ

日本歴史地名大系 「二階堂大路」の解説

二階堂大路
にかいどうおおじ

吾妻鏡」寛喜三年(一二三一)一月一四日条に、大倉おおくら観音堂西辺の下山入道の家から失火し、北条義時の旧宅や二階堂大路両側の人屋が焼けたといい、建長三年(一二五一)一〇月七日条には、薬師堂やくしどうやつが焼亡して火は二階堂大路の南に延び、宇佐美判官の荏柄えがらの家の前まで至ったと記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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