五ヶ瀬村(読み)ごかせむら

日本歴史地名大系 「五ヶ瀬村」の解説

五ヶ瀬村
ごかせむら

[現在地名]庄内町五ヶ瀬

せり川左岸の河岸段丘上にあり西は大龍おおたつ村。天正八年(一五八〇)七月八日の阿南庄挟間南方四〇〇貫分覚(甲斐守文書)に「大龍」として「但五ケ瀬村内」とみえる。江戸時代を通じて肥後熊本藩領。谷手永(享和三年野津手永に合併)に属した。寛永一一年(一六三四)の同藩豊後国郷帳に村名がみえ高三七四石余。正保郷帳では田高一一四石余・畑高二六〇石余、阿南あなん庄に所属。柴山有り、日損所と注記される。「肥後国誌」によれば高二九〇石余、床上村・沢津さわづ村などの小村があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む