日本歴史地名大系 「五十子村」の解説 五十子村いかごむら 静岡県:磐田郡福田町五十子村[現在地名]福田町五十子今之浦(いまのうら)川左岸に位置し、東は南島(みなみしま)村、北は西之島(にしのしま)村(現磐田市)。正中二年(一三二五)三月と推定される度会行文譲状写(櫟木文書)に遠江国鎌田(かまだ)御厨内「伊加子荒野」とみえ、三男行古に譲与されている。「家忠日記」天正六年(一五七八)八月二三日条および同七年九月二五日条に「井籠」とあり、徳川家康父子が小山(こやま)城(現吉田町)などを攻撃するなかで、松平家忠が人足を当地に送っている。同七年九月二五日武田方が駿河府中に兵を移したため、家康は当地まで引退き、同月二八日にはさらに牧野(まきの)(現金谷町)まで帰陣している(同書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by