五条京極屋跡(読み)ごじようきようごくかがりやあと

日本歴史地名大系 「五条京極屋跡」の解説

五条京極屋跡
ごじようきようごくかがりやあと

鎌倉幕府が京都の治安維持のために設置した篝屋四八ヵ所の一つ。「太平記」巻四(笠置囚人死罪流刑事)

<資料は省略されています>

とあり、五条大路と東京極大路の交点にあったことが確かめられるが、その規模は「町ゴトニ立篝屋ハ、荒涼五間、板三枚、幕引マハス役所鞆」(建武年間記)とある程度であったらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 建武年間記

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む