日本歴史地名大系 「五条橋東二町目」の解説 五条橋東二町目ごじようはしひがしにちようめ 京都市:東山区大仏廻り五条橋東二町目[現在地名]東山区五条橋東二丁目五条通に位置し、東は大仏仁王門(だいぶつにおうもん)通(大和(やまと)大路・建仁寺町(けんにんじまち)通)、西はほぼ本町(ほんまち)通(伏見(ふしみ)街道)。宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」に「五条橋東二町目 東半町、西半町 一名、二階町とも云。此町の南側に善立寺と云東門徒有」とみえ、東西二組に分れたが、下京巽組新シ町大仏組には一町として属し、文政三年(一八二〇)下京軒役分割帳(占出山町有文書)には「同(五条)橋東 弐丁目 四拾九軒」と記載される。地誌では寛文五年(一六六五)刊「京雀」の「ひがしへ二町め、橋もと二町め」が早く、地図では早く承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図に「二丁め」の記入をみる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by