五泉町(読み)ごせんまち

日本歴史地名大系 「五泉町」の解説

五泉町
ごせんまち

[現在地名]五泉市本(ほん)町一―六丁目・東本(ひがしほん)町一丁目・郷屋川(こやがわ)一丁目・錦(にしき)町・南本(みなみほん)町一―三丁目・北五泉駅前(きたごせんえきまえ)・横(よこ)町一―三丁目・馬場(ばば)町一―二丁目・宮(みや)町・泉(いずみ)町一―二丁目・白山(はくさん)・学校(がつこう)町・旭(あさひ)町・大川前(おおかわまえ)・伊勢の川(いせのかわ)・五泉

早出(はいで)川支流の郷屋川・伊勢の川・横町(よこまち)川が流れる低地にあり、北は三本木(さんぼんぎ)村、東は吉沢(よしざわ)・太田(おおた)両村、南は今泉(いまいずみ)村、西は荻曾根(おぎぞね)・二柳(ふたつやなぎ)両村に接する。地名は町内に流れる五条の川にちなむと伝え、永徳二年(一三八二)上杉氏の臣五泉数馬が城塁を築いて番城とし、この地を菅名(すがな)庄五泉村と称したという(五泉町濫觴旧記「五泉郷土史」所収)。のち上杉氏の臣甘糟氏が現在の八幡宮の地にあった五泉城(「北国太平記」では期仙城と記す)に居城したといわれる。

慶長三年(一五九八)の上杉氏会津移封後は村上藩領となり、同一九年の村上領高附並組々村覚(寛政六年写、五泉郷土史)では五泉町組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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