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…江戸時代に行われた大名の配置替えのこと。転封(てんぽう)または移封ともいう。豊臣秀吉のときに始まるが,江戸幕府の初期3代の将軍によって強行された。…
…してみれば,秀吉の死後から合戦にかけて家康が天下に明示した政治路線が諸大名に支持されたことが,家康に勝利をもたらした理由であったといえよう。こうした支持によって家康は早くも9月27日には大坂城に入り戦後処理を開始したが,その中心は諸大名の大移封であった。西軍に参加したことを理由に所領を没収された大名は90人,438万石,減封されたのは毛利輝元(安芸など10ヵ国120万石から防長2国36万石に),上杉景勝(会津120万石から米沢30万石に)など4人,220万石であり,全国2000万石弱のうちにできたこの660万石の空白地の大部分を,旧豊臣系の諸大名に加増として配分した。…
※「移封」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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