井手畑村(読み)いでばたむら

日本歴史地名大系 「井手畑村」の解説

井手畑村
いでばたむら

[現在地名]倉吉市井手畑

新田しんでん村の西に位置する。古くは出畑村と記された(正保国絵図など)。拝領高は三四七石余、本免五ツ七分。井尻氏・渡瀬氏・安養寺氏・倉吉組士中村氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高三七〇石、竈数二〇余。荒神、禅宗胎蔵たいぞう寺、地蔵堂があり、穴窪あなくぼ村へ約五町。幕末の六郡郷村生高竈付では生高四〇〇石、竈数二八。藪役銀一二匁を課されていた(藩史)。井手畑神社(祭神経津主神)がある。大正五年(一九一六)下古川の船内しもふるかわのふない神社に合祀されたが、のち分離独立して現在に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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