京島新田(読み)きようがしましんでん

日本歴史地名大系 「京島新田」の解説

京島新田
きようがしましんでん

[現在地名]京ヶ瀬村京ヶ島

阿賀野川旧河道右岸にあり、西は窪川原(くぽがわら)村。近世は新発田藩岡方組の五ヶ村組に属し、正保国絵図に一九〇石余とある。寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)では家数四一・人数三一六。天明二年(一七八二)の岡方組万雑組立帳(倉島肩吾氏蔵)によれば役石は一九〇石五斗余で、一二貫一四〇文の組万雑を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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