京極学区(読み)きようごくがつく

日本歴史地名大系 「京極学区」の解説

京極学区
きようごくがつく

およそ北は現北区、南は広小路通、東は鴨(かも)川、西は南方が京都御苑、北方が相国(しようこく)寺にわたる旧学区。江戸時代は上京の親町組はなく、下中筋組の枝町、上立売親八町組の枝町、上立売親九町組の枝町と随身町、聚楽組の枝町、下一条組の新シ町と枝町、並びに禁裏六丁町組であった。名称は明治二年(一八六九)の上大組二八番組、上大組二九番組を形成した地域で、上大組二八番組は上京一一区(明治五年)から上京一一組(同一二年)となり、上大組二九番組は上京一二区(同五年)から上京一二組(同一二年)となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 がわ

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む