京橋与作屋敷(読み)きようばしよさくやしき

日本歴史地名大系 「京橋与作屋敷」の解説

京橋与作屋敷
きようばしよさくやしき

[現在地名]中央区銀座ぎんざ一丁目

京橋の南詰東方にある。北は京橋川沿いの河岸、東は京橋白魚きようばししらうお屋敷と京橋水谷きようばしみずたに町、南は三十間堀さんじつけんぼり一丁目と新両替しんりようがえ町一丁目。当地享保年中江戸絵図などでは蔵地となっている。安永三年小間附町鑑によれば小間数は京間一二間五尺、公役銀を納める。名主は池谷権兵衛(同小間附町鑑、宝暦七年万世町鑑)。安政六年(一八五九)の泰平町鑑には「京橋と不記」とあり、また里俗に京橋四方店きようばしよもだなというとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む