京終町・京終村(読み)きようばてちよう・きようばてむら

日本歴史地名大系 「京終町・京終村」の解説

京終町・京終村
きようばてちよう・きようばてむら

[現在地名]奈良市北京終町・京終地方東側(きようばてじかたひがしがわ)町・京終地方西側町・南京終町・南京終町一―七丁目・桂木(かつらぎ)町

瓦堂(かわらどう)町の西南方に所在。平城京の外京(げきよう)南端、近世の奈良町の南限にあたる。

「春日社記録」中臣祐賢記の弘安三年(一二八〇)五月六日条に「恒例郷民小五月若宮へ参天遊(中略)京終」とみえ、小五月(こさつき)郷のうちであり、「簡聚図絵鈔」の小五月郷指図には「京ハテ東西行南北行」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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