伊由庄(読み)いゆのしよう

日本歴史地名大系 「伊由庄」の解説

伊由庄
いゆのしよう

庄名は古代の朝来郡伊由郷(和名抄)に由来し、円山(まるやま)川右岸、現在の朝来町の伊由市場(いゆういちば)・石田(いしだ)および円山川支流の伊由谷(いゆうだに)川流域が庄域に比定される。摂関家領庄園。初見は平治元年(一一五九)と推定される閏五月七日付惟宗康弘奉書(陽明文庫蔵兵範記裏文書)で、「伊由御庄」から内容は不明ながら摂関家政所下文を申請している。五摂家分立後は近衛家が伝領、建長五年(一二五三)の近衛家所領目録(近衛家文書)では「庄務本所進退所々」のなかに記され、「高陽院領内」「行長」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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