会瀬村(読み)おうせむら

日本歴史地名大系 「会瀬村」の解説

会瀬村
おうせむら

[現在地名]日立市会瀬町一―四丁目・相賀(あいが)町・旭(あさひ)町二―三丁目・幸(さいわい)町三丁目

東は海に臨む海岸段丘面にあり、北の村境縁を岩城相馬(いわきそうま)街道が通り、ほぼ中央を雨降(あめふり)川が東流する。南は成沢(なるさわ)村。

台(だい)の地の南縁に古墳時代後期の瓜(うり)ボッコ遺跡がある。「常陸国風土記」に「此(密筑里)より艮のかた廿里に助川の駅家あり。昔、遇鹿と号く」とある遇鹿(あうか)の地で、西北側に隣接の介川(すけがわ)村の地を含むといわれる(→介川村)。「石神組地理志」に「其後わかれて二村となりし物ならん歟」「村名初は相賀村と称す」とあり、正安元年(一二九九)一二月二七日付の関東下知状(鹿島神宮文書)に「鹿嶋社権禰宜則朝与同大禰宜則氏代長意相論、常陸国大窪郷並塩浜事」として「至北方相賀村者、譲三男季則則朝亡父畢」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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