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鹿島神宮 かしまじんぐう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鹿島神宮
かしまじんぐう

茨城県鹿嶋市に鎮座する元官幣大社 (→官幣社 ) 。祭神はタケミカズチノカミ (建御雷神) 。藤原氏の氏神として知られ,東国一の大社として,香取神宮とともに,関東,東北経営の守護神とされた。常陸国一の宮

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デジタル大辞泉の解説

かしま‐じんぐう【鹿島神宮】

茨城県鹿嶋市にある神社。旧官幣大社。主祭神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)。古くから武神として東国の武士に信仰された。社殿は重要文化財常陸(ひたち)一の宮

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百科事典マイペディアの解説

鹿島神宮【かしまじんぐう】

茨城県鹿嶋市に鎮座。旧官幣大社。武甕槌(たけみかづち)神をまつり,延喜式内の名神大社。藤原氏の氏神とされた。常陸(ひたち)国の一宮で,全国鹿島神社の総本社。現在の社殿は1618年江戸幕府が造営したもので,本殿(国宝)が北向きになっているのが特徴。
→関連項目蝦夷地春日大社香取神宮武甕槌神春祭常陸国船祭文正草子

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デジタル大辞泉プラスの解説

鹿島神宮

茨城県鹿嶋市にある神社。初代神武天皇の御代の創祀とされる。祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)。水戸初代藩主、徳川頼房が奉納した本殿は国の重要文化財に指定。同県息栖神社、千葉県にある香取神宮とあわせて「東国三社」と呼ばれる。常陸国一之宮。

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世界大百科事典 第2版の解説

かしまじんぐう【鹿島神宮】

茨城県鹿嶋市に鎮座。常陸国の一宮。旧官幣大社。祭神は武甕槌(たけみかづち)神(建御雷神)。《常陸国風土記》には649年(大化5)に神郡がおかれ,そこにあった天の大神の社,坂戸の社,沼尾の社をあわせて〈香島の天の大神〉といい,〈豊香島の宮〉と名づけられ,また崇神天皇のとき大刀,鉾,鉄弓,鞍などの武具が奉られたと記されている。《常陸国風土記》には武甕槌神の名はみえないが,武具の奉納からこの神が武神として信仰されていたことが知られる。

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大辞林 第三版の解説

かしまじんぐう【鹿島神宮】

鹿嶋市にある神社。常陸国一の宮。祭神は武甕槌命たけみかづちのみことなど。香取神宮とともに古くより武神として尊崇を集めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鹿島神宮
かしまじんぐう

茨城県鹿嶋市宮中に鎮座。武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を祀(まつ)る。武甕槌大神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の命令を受けて、経津主神(ふつぬしのかみ)(香取(かとり)神宮の祭神)とともに、天孫降臨に先だち、高天原(たかまがはら)より出雲(いずも)国(島根県)に降(くだ)り、大国主神(おおくにぬしのかみ)と国譲りの交渉をしたと神話で語られる神で、神武(じんむ)天皇の大和(やまと)国(奈良県)入国にも天皇を守護したと伝えられるが、その神武天皇が即位ののち、神恩感謝のため当地に祀らせたのが本社の起源と伝承する。『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』に、そのあと崇神(すじん)天皇の代になり、大坂山に大神が現れ、中臣神聞勝命(なかとみのかむききかつのみこと)に神託し、それにより天皇は大刀(たち)、鉾(ほこ)、鉄弓など多くの幣物を奉ったと記し、さらに日本武尊(やまとたけるのみこと)のとき、神示により舟3隻を奉納したと記している。大和朝廷の東方経営とともに、武神としての本社が創建されたのであろう。古くより、中臣氏が奉仕している。『風土記』に神戸65烟と記すが、『新抄格勅符抄』に、786年(延暦5)に神封105戸と記す。奈良時代、九州防備に赴く東国の防人(さきもり)が、まず本社に詣(もう)でて出発したことより「鹿島立(だ)ち」の語が生じ、それが広く旅立ちの意に用いられたのは、本社が古くより知られていたためとみられる。
 812年(弘仁3)住吉(すみよし)・香取社とともに、20年に一度の式年遷宮の制度が定められ、866年(貞観8)ころには陸奥(むつ)国に苗裔(びょうえい)神38社があり、またそのころ神宮寺もあった。延喜(えんぎ)の制で名神(みょうじん)大社に列し、祈年(きねん)・月次(つきなみ)・新嘗(にいなめ)の奉幣を受けている。以後、平安時代にも皇室より一世一度の奉幣など、厚い崇敬を受けたが、その奉幣使を「鹿島使」とよび、駅路片道15日、乗馬で往復した。常陸国一宮(いちのみや)。鎌倉時代には源頼朝(よりとも)が崇敬し、あと武家も多く崇敬したが、室町中期以降、朝廷・武家の奉幣寄進がとだえ、ために社僧御手洗(みたらい)涼泉寺(りょうせんじ)別当良海上人(りょうかいしょうにん)が諸国を行脚(あんぎゃ)し、浄財を集め社殿造営にあたるようなこともあった。しかし、そのあと佐竹氏が神領を寄進、江戸時代に徳川家康がまた社領を寄せ、以後朱印領2000石となった。1605年(慶長10)家康造営の本殿は現在の奥宮であり、1619年(元和5)徳川秀忠(ひでただ)により、現本殿、拝殿、幣殿(いずれも国重要文化財)などが造営され、1634年(寛永11)水戸藩主徳川頼房(よりふさ)により楼門(国重要文化財)、忌垣(いみがき)などが構築された。明治の制で官幣大社となる。国宝の直刀・黒漆平文大刀拵(くろうるしひょうもんたちこしらえ)など宝物が多い。例祭は9月1日の神幸祭で、夜に提灯祭(ちょうちんまつり)が行われ、ほかに3月9日の祭頭祭(さいとうさい)、また午(うま)年9月2日の御船祭(おふなまつり)などがある。[鎌田純一]
『東実著『鹿島神宮』(1968・学生社) ▽鹿島神宮社務所編・刊『鹿島神宮』(1980)』

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