佐束郷(読み)さづかごう

日本歴史地名大系 「佐束郷」の解説

佐束郷
さづかごう

現在の高瀬(たかせ)・小貫(おぬき)・中方(なかほう)地区一帯に比定される中世の郷。笠原(かさはら)庄のうち。尾張乾坤(けんこん)院(現愛知県東浦町)蔵の小師帳に延徳二年(一四九〇)一〇月一〇日、左束ノ六郎右衛門道訓がみえる。天文二〇年(一五五一)九月二三日の今川義元判物(正林寺文書)では「笠原庄佐束郷」内の曹洞宗八相(はつそう)寺寺家田畠などを昌桂(しようけい)寺(のち正林寺、現小笠町)に安堵している。天正二年(一五七四)七月一四日の小笠原信興判物(宗禅寺文書)は佐束内の曹洞宗宗禅(そうぜん)寺領を某寺に安堵した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報