保々木(読み)ほほき

日本歴史地名大系 「保々木」の解説

保々木
ほほき

中世よりみえ宇野うの御厨内の地名。現宝亀ほうき町に比定される。貞応三年(一二二四)四月一四日の関東下知状写(武雄鍋島家文書、以下同文書)に「宇野御厨内保々木・紐差・池浦・大島」とみえ、当地などの地頭職が大江通頼に安堵されている。通頼は肥前国御家人で峰太郎通頼とみえることから(貞応三年六月一六日肥前国守護所牒写)、峰披の一流であろう。寛喜元年(一二二九)関東からあらためて当地などの地頭職および神官(神宮か)検非違所・海夫本司を通頼に安堵するよう指示されている(同年一〇月三〇日関東下知状写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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