倉ヶ崎新田(読み)くらがさきしんでん

日本歴史地名大系 「倉ヶ崎新田」の解説

倉ヶ崎新田
くらがさきしんでん

[現在地名]今市市倉ヶ崎新田

北流する古大谷こだいや川西岸に開け、北は倉ヶ崎村。中央を南から北東に会津西街道杉並木が通る。河内かわち郡に属する。元禄一五年(一七〇二)の日光領新田検地により倉ヶ崎村から分立したと推定される。慶安・元禄・天保各郷帳に村名はみえず、旧高旧領取調帳では独立して記され、高一一石余。嘉永六年(一八五三)の反別四町七反余、うち四反余が荒地で、家数九・人数三八、馬七(日光領高反別其外調書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 河内 農間

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む