荒地(読み)あれち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

荒地
あれち

詩,評論雑誌。 1947年9月~48年6月。誌名は,第2次世界大戦に直接参加してきた詩人たちが,T. S.エリオットの詩『荒地』 The Waste Landの世界に敗戦後の日本を見立てて命名。鮎川信夫を中心に,三好豊一郎黒田三郎田村隆一中桐雅夫,北村太郎,加島祥造木原孝一ら 20歳代の詩人を主要同人とした。破滅からの脱出,滅びへの抗議こそ生存証明と主張し,全人間性,総体性の重みを詩に投入することに努める一方,危機意識に裏打ちされた文明批評的性格に特色を示し,戦後のおびただしい詩誌のなかでひときわ注目される存在となった。のち吉本隆明,高野喜久雄中江俊夫らも参加し,『荒地』詩人賞を設定した。同誌は6号で廃刊されたが,廃刊後の 51年から 58年まで年刊『荒地詩集』が編まれた。

荒地
あれち
The Waste Land

イギリスの詩人,批評家 T.S.エリオット長詩。初期の代表作。 1922年,作者が主宰した季刊誌クライティーリオン創刊号に発表されて毀誉なかばする反響を呼んだが,今日では現代詩の先駆をなす古典的作品と認められる。荒地に象徴される第1次世界大戦後のヨーロッパの混沌たる精神風土,特に愛の不毛という現実が,古今東西の作品に関する多彩なアリュージョンによって,人間性の不変の現実として表現されている。内容にふさわしいモンタージュ的な形式で手法的にはイマジストやフランス象徴派を踏襲しているが,5部 433行により形成される長詩の全体を通じて豊饒神話や聖杯伝説が暗黙の枠となり,宗教的救済という一貫した論理をその底に秘めている。これはのちに同じテーマの『四つの四重奏』 (1943) において明示的となる。現行の詩篇は E.パウンドの忠告により初稿の約半分に削られたもので,69年初稿が発見された。

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デジタル大辞泉の解説

あれち【荒地】[作品名]

《原題The Waste LandT=S=エリオットの長編詩。1922年発表。第一次大戦後の精神的風土の荒廃とその再生の希望を表現。
日本の詩同人誌。名称はにちなむ。昭和14年(1939)、鮎川信夫森川義信らにより創刊、全7冊を刊行。第2期は昭和22年(1947)創刊、翌年まで刊行。昭和26年(1951)から昭和33年(1958)までは年刊の「荒地詩集」を刊行。同人にはほかに田村隆一・三好豊一郎・北村太郎・中桐雅夫・吉本隆明らがいて「荒地派」とよばれ、戦後日本の現代詩を牽引した。

こう‐ち〔クワウ‐〕【荒地】

荒れ果てた土地。あれち。

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百科事典マイペディアの解説

荒地【あれち】

T.S.エリオットの詩。1922年発表。5部構成。第1次大戦後のヨーロッパを荒地と見て,古代や中世の豊饒(ほうじょう)神話をわくにし,古今の文学作品その他の引用を交ぜながら,その荒廃を巨視的に浮かび上がらせ,同時に救済の模索の姿勢を暗示している。現代詩の革新をおしすすめた,小説におけるジョイスの《ユリシーズ》(同年発表)と並ぶ現代英文学の金字塔

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世界大百科事典 第2版の解説

あれち【荒地 The Waste Land】

イギリスの詩人T.S.エリオットの詩。1921年秋,神経の変調を治すため滞在していたローザンヌで書かれた初稿が,エズラ・パウンド(献辞の〈私にまさる工匠〉)の意見に従って,ほぼ半分の長さに縮められ,22年10月雑誌《クライティリオン》創刊号に発表。同年アメリカで,自注をつけて単行本として出版された。〈4月はいちばん残酷な月〉と始まる第1部〈死者の埋葬〉,有閑夫人の部屋と居酒屋を舞台とした第2部〈チェス遊び〉,テムズ河畔の風景による第3部〈劫火の説教〉,第4部は〈水死〉,そして第5部〈雷の言ったこと〉はサンスクリット語の〈平和あれ〉で終わる。

あれち【荒地】

昭和期の詩・評論雑誌。第1次は1939年3月から40年5月まで全5冊。《文芸思潮》と改題し,40年12月,6号を刊。鮎川信夫(1920‐86),山川章(森川義信)らが中心であった。誌名はイギリスの詩人T.S.エリオットの詩《荒地The Waste Land》に由来する。第2次は47年9月創刊,48年6月終刊。全6冊。鮎川,加島祥造,北村太郎,木原孝一,黒田三郎,田村隆一,中桐雅夫,三好豊一郎ら戦争体験を経たモダニズムの詩人たちがこの雑誌に結集し,さらにその拡大発展として年刊《荒地詩集》全8冊(1951‐58)を刊行,いわゆる〈荒地派〉の運動として戦後詩の主流を形成する存在となった。

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大辞林 第三版の解説

あれち【荒地】

T = S =エリオットの長詩。1922年刊。五部より成る。多くの神話や古典からの引用をちりばめ、現代生活の不毛を象徴的に描く。

こうち【荒地】

荒れ果てた地。あれち。

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精選版 日本国語大辞典の解説

あれ‐ち【荒地】

[1] 〘名〙
① 水害や山崩れなどの災害によってそこなわれ、耕作できなくなったまま打ち捨ててある田畑。荒損田。荒田地。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※阿波国社寺文書‐乾・慶長九年(1604)正月八日「当市場村荒地之儀、隣郷にて、役はづれの百姓、并流浪人罷出可相開候」
② 田畑、宅地、池沼、山林、牧場その他、地租を納める土地が、天災によって地形を変えたもの。〔地租条例(明治一七年)(1884)〕
③ 田畑や宅地などにしないで、そのままにしてある土地。
※日の出(1903)〈国木田独歩〉「山懐(やまふところ)の荒地(アレチ)は美事な桑園と変じ」
[2]
[一] (原題The Waste Land) 長詩。T=S=エリオット作。一九二二年刊。第一次大戦後のヨーロッパの精神的不毛を象徴的に表わしたもの。神話やさまざまな古典の詩句が駆使されている。
[二] 詩の同人誌。誌名は(二)(一)にちなむ。第一次「荒地」は鮎川信夫、森川義信らにより昭和一四年(一九三九)、第二次「荒地」は同二二年創刊。当初は雑誌、二六年以後は年刊詩華集「荒地詩集」、別冊「詩と詩論」などの形で刊行された。戦争体験を凝視し、詩に文明批評的要素を導入、戦後詩史に大きな役割を果たした。同人に、鮎川信夫、田村隆一、北村太郎、三好豊一郎、中桐雅夫、黒田三郎、木原孝一、吉本隆明、中江俊夫ほか。

こう‐ち クヮウ‥【荒地】

〘名〙
① 荒れ果てた土地。荒れて生産力のない土地。あれち。荒蕪地(こうぶち)
※新聞雑誌‐三号・明治四年(1871)六月「西洋にては荒地(コウチ)の開拓器械の製造等」 〔晉書‐地理志〕
② 有租地が、山くずれや洪水などの天災によって、地形を変えてしまったもの。

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世界大百科事典内の荒地の言及

【エリオット】より

…同じころ精力的に書いた評論では,彼のもう一つの影響源であるエリザベス朝劇作家や形而上詩人の再評価を唱えたが,彼の究極の狙いは当時の保守的な詩壇に衝撃を与えるような新しい詩的言語の創造であったろう。それを最も明確に説いた評論が《伝統と個人的才能》(1919)であり,それを最も果敢に実践した作品が長編詩《荒地》(1922)であった。同じ年に発表されたジョイスの《ユリシーズ》とともに現代文学の金字塔となったこの詩は,第1次大戦後のヨーロッパの精神的荒廃を神話的文脈においてみごとに描ききったその前衛的手法によって,世界的な影響を及ぼした。…

【荒地】より

…イギリスの詩人T.S.エリオットの詩。1921年秋,神経の変調を治すため滞在していたローザンヌで書かれた初稿が,エズラ・パウンド(献辞の〈私にまさる工匠〉)の意見に従って,ほぼ半分の長さに縮められ,22年10月雑誌《クライティリオン》創刊号に発表。同年アメリカで,自注をつけて単行本として出版された。〈4月はいちばん残酷な月〉と始まる第1部〈死者の埋葬〉,有閑夫人の部屋と居酒屋を舞台とした第2部〈チェス遊び〉,テムズ河畔の風景による第3部〈劫火の説教〉,第4部は〈水死〉,そして第5部〈雷の言ったこと〉はサンスクリット語の〈平和あれ〉で終わる。…

【戦後文学】より

…〈純文学〉と〈大衆文学〉との間の区別も徐々にあいまいになり,映像文化によって育った世代が文学読者になるにつれて,マスコミにおける文学のあり方が問われつつ現在にいたっている。【磯田 光一】
[詩]
 戦後の詩はまず田村隆一らの《荒地(あれち)》派の詩人たちによって推進される。いわゆる戦中派に属して戦争体験を負った彼らは,詩による人間同士の連帯を信じて現代の〈荒地〉に立ち向かうことを主張した。…

※「荒地」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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