光行村(読み)みつゆきむら

日本歴史地名大系 「光行村」の解説

光行村
みつゆきむら

[現在地名]小郡市光行

大刀洗たちあらい川中流の右岸域に位置し、東は平方ひらかた村に接する。御井みい郡のうち。天正一一年(一五八三)宝満ほうまん(現筑紫野市など)籠城に軍労のあった簗瀬三河入道が「三井郡之内光行」の二〇町(北中務跡)を与えられている(同年一二月一三日「大友義統袖判知行坪付」大友家文書録/大分県史料三二)。天正一〇年の辺春へばる(現立花町)の合戦で討死した高良こうら(現久留米市)大祝鏡山保常の子息保真に同一二年「三行」一〇町分などが与えられている(同年三月二〇日「大友氏家臣連署打渡状」高良山文書/久留米市史7 資料編古代・中世)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む