八森城跡(読み)はつもりじようあと

日本歴史地名大系 「八森城跡」の解説

八森城跡
はつもりじようあと

[現在地名]矢島町城内

館(たて)町の北にあり、文禄年間(一五九二―九六)までは由利十二頭の矢島氏、その後仁賀保氏、元和―寛永年間(一六一五―四四)には打越氏が居城し、寛永一七年からは矢島藩の陣屋が置かれた。

「秋田沿革史大成」に「矢島五郎満安ノ支城又豊島新城トモアリ」とあり、矢島満安は由利十二頭と協調せず、文禄元年他の一一党が八森城を攻め、落城させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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