由利郡(読み)ゆりぐん

日本歴史地名大系 「由利郡」の解説

由利郡
ゆりぐん

面積:一二六四・三一平方キロ
象潟きさかた町・金浦このうら町・仁賀保にかほ町・西目にしめ町・鳥海ちようかい村・矢島やしま町・由利ゆり町・東由利ひがしゆり町・大内おおうち町・岩城いわき

秋田県南西部に位置し、北は秋田市・河辺郡に、東は北から仙北せんぼく平鹿ひらか雄勝おがち三郡に接し、南は山形県飽海あくみ郡・最上もがみ郡に連なり、西は日本海に面する。郡のやや北寄りに旧由利郡域の本荘市が、三方を由利郡に囲まれて存在する。旧由利郡は支配領域も複雑であり、現由利郡・本荘市は一体として説明すべきなので、この項目では本荘市を含んだ旧由利郡を取り上げ、記述をすすめる。

東部には雄物川で分断された出羽山地南部の笹森ささもり丘陵が、南は子吉こよし川の谷とほぼ平行して北東から南東に走る。この丘陵は子吉川支流の石沢いしざわ川やいも川の本支流により複雑に開析されている。南部には東に丁岳ひのとだけ山地があり、西に鳥海山が噴出して、山形県との境界を形成している。山頂部から南半は山形県、山腹の北半分が秋田県に属する。山頂付近から多くの放射状谷が発達し、南から北へほぼ平行する川袋かわぶくろ川・奈曾なそ川・赤石あかいし川・白雪しらゆき川などはその例である。鳥海山の北西部の象潟から仁賀保平沢ひらさわにわたる一帯は火口からの泥流が流れ、象潟などの泥流地形をつくり、また北に東由利原ひがしゆりはら・西由利原・南由利原などの原野をつくる。子吉川は丁岳山地に発して西北流し、石沢川・芋川を合流して日本海に注ぎ、海岸砂丘との間に本荘平野を形成する。

「続日本紀」宝亀一一年(七八〇)八月二三日条に「又由理柵、居賊之要害、承秋田之道」とみえる。この時は出羽国の一部ではあったが、郡としては成立していない。「和名抄」にも郡名がなく、「吾妻鏡」建暦三年(一二一三)五月七日条に「由利郡」と初めて記される。

〔原始〕

先史時代の遺跡は郡内に九〇余ヵ所が確認されている。ほとんどが縄文時代中・後期の遺跡で、由利丘陵地内の子吉川およびその支流の河岸段丘上に立地し、一部は海岸砂丘部にある。

先土器時代の遺跡には鳥海村上川内の国見かみかわうちのくにみ遺跡があり、神山型彫刻器二点を出土した。縄文時代の遺跡のうちおもなものは、中・後期の大木式土器を出土した鳥海村上川内の提鍋さげなべ遺跡、中期の土器とともに魚形文刻石を出土した矢島町築館の前杉つきだてのまえすぎ遺跡、大湯式土器とともに敷石・環状組石を伴った矢島町七日町の下山寺なのかまちのしもやまでら遺跡、後期・晩期の土器と土偶および一〇三基の土壙が発見された東由利老方の湯出野おいかたのゆでの遺跡、前期土器を出土した西目町出戸の土花でとのつちばな貝塚などがある。

弥生時代の遺跡は象潟町九十九つくも島から弥生式土器片が発見されているが、その他の事例は少ない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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