八町島村(読み)はつちようじまむら

日本歴史地名大系 「八町島村」の解説

八町島村
はつちようじまむら

[現在地名]久留米市宮(みや)ノ陣町八丁島(じんまちはつちようじま)

筑後川支流の大刀洗(たちあらい)川下流右岸に位置し、南は古賀(こが)村に接する。縦三町・横二五間の八丁島池があり(校訂筑後志)、天神堀とも称した。建武元年(一三三四)九月二日の筑後国庁宣(草野文書/南北朝遺文(九州編)一)にみえる「八町嶋四郎入道道西」は当地に所縁のある在地領主であろうか。備後国人である山内通忠の応安八年(一三七四)正月日付の軍忠状(山内家文書/南北朝遺文(九州編)五など)に「八町嶋被召御陣、致警固」とあり、応安七年八月菊池武政の嫡子賀々丸が軍勢を率いて筑後川を渡河、福童(ふくどう)原(現小郡市)で今川了俊軍はこれに対陣していたが、九月一七日に敵が陣を引払ったため九月末日八丁島に進出したらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む