六呂田村(読み)ろくろたむら

日本歴史地名大系 「六呂田村」の解説

六呂田村
ろくろたむら

[現在地名]岩城町六呂田

亀田かめだ町の南にあたり、東は高城たかしろ山と下蛇田しもへびた村、西南下黒川しもくろかわ村に接する。村の中央を蛇田へびた川が流れ、西でくろ川と合する。

慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に、赤尾津あこうづ郷の一村として村名がある。最上氏時代初期には楯岡豊前守満茂が高城山に住み、その家臣屋敷町人町がこの村にあったという(亀田郷土史)。寛永二年(一六二五)の油利之内修理大夫様御知行御検地帳免定之目録写には一八二石、正保三年(一六四六)の出羽国油利郡内高目録(秋田県庁蔵)には六路田村とあり、「旱損所 小川有」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む