兼木村(読み)かねきむら

日本歴史地名大系 「兼木村」の解説

兼木村
かねきむら

[現在地名]大川市三丸みつまる

北古賀きたこが村の南に位置し、南は田口たぐち村。「寛文朱印留」に村名がみえる。本高は三一八石余(元禄国絵図)。「在方諸覚書」によると古高四三〇石・役高三三五石。享和二年(一八〇二)の春免高帳では高三三五石。文化四年(一八〇七)畝付帳では本田一九町五反余・畑二反余・居屋敷二反余。旧高旧領取調帳の高四三一石余。寛政一二年(一八〇〇)当村庄屋儀作は村方裁判不行届きにつき庄屋役を免じられた(公用見聞録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む