内日上村(読み)うついかみむら

日本歴史地名大系 「内日上村」の解説

内日上村
うついかみむら

[現在地名]下関市大字内日上

現下関市の北部にあたる山間の村で、村の西に鬼(おに)ヶ城(じよう)山(六一九・六メートル)がそびえる。南は井田(いだ)・福江(ふくえ)・蒲生野(かもうの)、北東は内日下(うついしも)、北西は吉永(よしなが)・黒井(くろい)(現豊浦郡豊浦町)、西は吉見上(よしみかみ)・吉見下(よしみしも)の各村と接する。長府藩領で東豊浦郡奥支配に属する。

「和名抄」に日内郷があり、「宇都比」と訓じる(刊本)。当村はこの郷域の一部に比定される。

内日上村は、もと赤田代(あかたしろ)・一(いち)ノ瀬(せ)などから成立し、赤田代は永徳元年(一三八一)四月二三日付の大内義弘安堵状写(長門一宮住吉神社文書)に「赤田代村三坂名」とみえ、一宮社領となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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