内池町(読み)うちいけちよう

日本歴史地名大系 「内池町」の解説

内池町
うちいけちよう

[現在地名]日野町大窪(おおくぼ) 内池町

下鍛冶(しもかじ)町の南にある。南今(みなみいま)町通に並行して走る東西路、内池町通の東端、日野大窪町の東南端にあたる。天文一四年(一五四五)頃に日野川流路の付替えが行われるまでは、当町の南側を同川が西流。城下町形成時に内池村住人の移住により成立したと伝え(蒲生旧趾考)、城下町割でも位置は変わらず、内池通五ヵ町の最も東にみえる。延宝七年(一六七九)から日野大窪町大窪組に所属。安永四年(一七七五)には木地屋一軒(君ヶ畑氏子狩帳)、寛保三年(一七四三)には合薬屋が三軒あった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む