内生谷村(読み)うちゆうだにむら

日本歴史地名大系 「内生谷村」の解説

内生谷村
うちゆうだにむら

[現在地名]黒部市内生谷

十二貫野じゆうにかんの台地布施ふせ川の間に位置し、東は笠破かさやぶり村、西は釈迦堂しやかどう村。寛永一六年(一六三九)富山藩領、万治三年(一六六〇)から加賀藩領。正保郷帳では高二八九石余、田方一八町八反余・畑方五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高一九六石、免五ツ四歩、小物成は山役二一匁・鍛冶炭役一〇匁・鮎川役二匁・鱒役一匁(三箇国高物成帳)。同一二年布施川の大洪水により五九石の引高、享保八年(一七二三)から五度の手上高により天保一一年(一八四〇)の草高一六七石余(「高免帳」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む