内田郷・内田村(読み)うちだごう・うちだむら

日本歴史地名大系 「内田郷・内田村」の解説

内田郷・内田村
うちだごう・うちだむら

養老ようろう川支流の内田川流域に比定される。延文三年(一三五八)一一月九日の大般若波羅蜜多経奥書(慶寿寺文書)佐是さぜ郡内田郷西福さいふく寺とみえる。長禄三年(一四五九)一二月の高師長本領注文(蜷川家文書)に郷名が記載されている。江戸時代は広域通称としてみえる。元禄郷帳などでは各村が独立して記載されるが、訴訟を含めた公的な文書では内田村などとして署名している。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に内田村とみえ、高一千六八五石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む