内証上生院(読み)ないしようじようしよういん

日本歴史地名大系 「内証上生院」の解説

内証上生院
ないしようじようしよういん

文明五年(一四七三)の諸院家帳の谷上院たにがみいん道北条に「頼喜僧正建立、塔有之」とあり、その次の遍智へんち院の下に「(禄か)在内証上生院」とあるので、当時は存在したようであるが、現在は跡地も不明。「高野山諸堂建立記」は円成寺前大僧正禎喜が治承二年(一一七八)白河院の御祈願所として当院を寄進したとする。禎喜は仁安元年(一一六六)京都東寺法務となり、右のことは「東寺長者補任」にもみえるので、諸院家帳の頼喜は誤りと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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