日本歴史地名大系 「谷上院谷」の解説 谷上院谷たにがみいんだに 和歌山県:伊都郡高野町高野山谷上院谷壇上伽藍北側の平地と、その北西奥に広がる谷間の盆地一帯をいい、大(だい)塔の北にある西禅(さいぜん)院より一山の北西にそびえる嶽(たけ)山(弁天岳)までを含む。また谷(たに)ヶ峰ということもある。山上諸谷の最も上流にあたるので谷上といい、もっぱらこの称でよばれる。御手印縁起の付図に「河上」とあり、保安三年(一一二二)にはすでに「金剛峯寺谷上」の語がみえる(「胎蔵念誦次第奥書」高山寺蔵)。平安末から鎌倉初期の開基と考えられる寺院が多く、南東にある本中院(ほんちゆういん)谷と並んで山内では最も早くから開かれた。鎌倉時代の信堅院号帳には北室・弥勒院・正智院・蓮金院・引接院・金剛心院・大楽院がみえるが、これは全部をあげたものではないかもしれない。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by