日本歴史地名大系 「出庭村」の解説
出庭村
でばむら
天正八年(一五八〇)九月一七日の芦浦観音寺領指出目録(芦浦観音寺文書)に「六石五斗 出庭郷」とみえる。豊臣秀吉は加藤清正に「栗太郡内てば」一千八〇〇石を領知させた(天正一一年八月一日「知行宛行状」紀伊徳川家文書)。慶長検地帳(国松文書)では田二千六〇石・畑七三石・屋敷地一三石。元和七年(一六二一)の菅沼定芳領知付(菅沼家譜)に出場村とみえ一部は膳所藩領。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報