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前田孫右衛門 まえだ まごえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

前田孫右衛門 まえだ-まごえもん

1818-1865* 幕末の武士。
文政元年7月28日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。用談役などの要職をつとめる。吉田松陰と親交があり,高杉晋作(しんさく)ら尊攘(そんじょう)派のために尽力。第1次幕長戦争に際して恭順派に捕らえられ,元治(げんじ)元年12月19日野山獄で処刑された。47歳。名は利済。字(あざな)は致遠。号は陸山。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

前田孫右衛門

没年:元治1.12.19(1865.1.16)
生年:文政1.7.28(1818.8.29)
幕末の長州(萩)藩の政治家。大組士で高173石余。名は利済,字は致遠,号は陸山。嘉永5(1852)年,蔵元両人役。安政3(1856)年,当職(国家老)の益田右衛門介の手元役につき,万延1(1860)年,益田の当役への転役により当役手元役。反対のため困難があった洋式軍制改革に尽力した。文久2(1862)年上京して直目付に就き,学習院用掛として政治活動をする。翌年の京都での8月18日の政変後,一時,罷免されたが,用談役の要職に復帰した。元治1(1865)年,長州征討の朝命ののち,野山獄に投じられ,翌日,斬首された。

(井上勝生)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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