加島郷(読み)かしまごう

日本歴史地名大系 「加島郷」の解説

加島郷
かしまごう

「和名抄」所載の郷。東急本に「加之万」と訓ずる。郷域については、七尾北湾北岸の現鳳至(ふげし)郡穴水(あなみず)町東部を想定する説もあるが(日本地理志料)、当郷に存在したと考えられる加島津が能登の国津としての役割を果していた点を考慮するならば(七尾市の→加島津)、郷域は現七尾市の市街地西半部分から七尾南湾南岸まで広がっていたとする説(加能郷土辞彙)が妥当であろう。平城宮跡出土の天平八年(七三六)四月一〇日の年紀をもつ木簡に「能登国能登郡鹿嶋郷望理里調代熬海鼠六斤」とみえる。「望理里」の比定地については不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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