能登(読み)ノト

デジタル大辞泉 「能登」の意味・読み・例文・類語

のと【能登】

旧国名の一。今の石川県北部にあたる。能州

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精選版 日本国語大辞典 「能登」の意味・読み・例文・類語

のと【能登】

  1. [ 一 ] 北陸道七か国の一つ。古く能登・羽咋(はくい)の二国があったが、のち越前国の一部となり、ついで養老二年(七一八)越前国から分かれて一国となる。天平一三年(七四一越中国に合わされ、天平勝宝九年(七五七)再び一国となる。鎌倉・南北朝時代には名越・吉見・桃井氏守護となり、室町時代には上杉氏に滅ぼされるまで畠山氏が守護として支配。江戸時代は加賀藩の前田氏が領有した。明治四年(一八七一)廃藩置県後は七尾県となり、同五年石川県の一部となる。能州。
  2. [ 二 ] 能登国(石川県)の北部の旧郡名。能登半島基部の東側を占めた。ほぼ現在の七尾市・鹿島郡域にあたる。

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改訂新版 世界大百科事典 「能登」の意味・わかりやすい解説

能登[町] (のと)

石川県北部,鳳珠(ほうす)郡の町。2005年3月内浦(うちうら)町,能都(のと)町と柳田(やなぎだ)村が合体して成立した。なおこの時,鳳至(ふげし)郡と珠洲(すず)郡が統合し鳳珠郡となった。人口1万9565(2010)。

能登町東部の旧町。旧珠洲郡所属。人口7730(2000)。能登半島の先端に位置し,日本海に面する。町域の大半を奥能登丘陵が占め,松波川,九ノ里川尻川沿いと沿岸部に低地が開ける。鎌倉時代は九条家領若山荘のうちにあり,室町時代には畠山氏が松波城を築いて支配した。江戸時代は加賀藩領で,松波には鍛冶町,本組などの町々が形成され,収納蔵,塩蔵などが置かれた。南部の小木は天然の良港で,中世から漁港として栄え,現在も県下有数の漁業基地である。水田に乏しく,戦前は杜氏出稼ぎが多かったが,野菜やタバコの栽培が普及して減少しつつある。九十九(つくも)湾や小木温泉(弱食塩泉,27℃)があり,能登半島国定公園に属する。

能登町南部の旧町。旧鳳至郡所属。人口1万1433(2000)。能登半島東部の富山湾に面する内浦にあり,宇出津(うしつ),鵜川など多くの漁業集落が発達する。中心の宇出津は近世以降クジラ漁やブリの大敷網漁,イカ釣漁でにぎわった能登屈指の漁港で,内陸の奥能登丘陵一帯からの農林産物を越中方面へ積み出す港としても繁栄した。現在は北洋漁業の基地であり,サケ・マス,イカの水揚げが多い。沿岸部は能登半島国定公園に属し,奥能登周遊の基点となっている。毎年7月7~8日に行われる八坂神社のあばれ祭は300年の伝統をもつ火祭として有名。国道249号線が通じる。

能登町北部の旧村。旧鳳至郡所属。人口4510(2000)。奥能登丘陵中部に位置する能登半島唯一の内陸村である。村域の大部分が山林で,町野川の本・支流沿いに耕地と集落がある。第2次大戦前は木炭の生産が盛んであったが,戦後は米作,栗やシイタケの栽培,肉牛飼育が行われている。京浜・阪神方面への出稼ぎも多い。田の神を家に迎える行事として行われる〈アエノコト〉は国指定の重要無形民俗文化財。柳田温泉,黒川温泉がある。
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世界大百科事典(旧版)内の能登の言及

【能登半島】より

…本州中央部に位置する日本海側最大の半島。石川県の北半部を占め,一般に能登地方と呼ばれる。石川・富山県境をなす宝達(ほうだつ)丘陵を基部として北に突出し,南北約100km,東西約50kmに及び,半島基部から富来(とぎ),中島,能登島の3町を結ぶ線までの口能登と,その北の奥能登に区分される。…

※「能登」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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