加治谷村(読み)かじたにむら

日本歴史地名大系 「加治谷村」の解説

加治谷村
かじたにむら

[現在地名]福崎町東田原ひがしたわら

大門だいもん村の北に位置し、雲津くもづ川上流の谷間に立地する。神東じんとう郡に属する。慶長国絵図には大門村東方に「かぢ谷」とみえるが、正保郷帳では大門村に含まれた。延宝三年(一六七五)雲津川上流域を分って当村が成立したとされ(寛延三年「村明細帳写」加治谷区有文書など)、貞享元年(一六八四)の本多忠国領知目録(本多家文書)に村名がみえる。元禄郷帳には「古ハ大門村」と注記され、高二〇一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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