加藤恒忠墓(読み)かとうつねただのはか

日本歴史地名大系 「加藤恒忠墓」の解説

加藤恒忠墓
かとうつねただのはか

境内に松山出身の加藤恒忠(一八五九―一九二三)の墓がある。恒忠は司法省法学校卒業後、明治一六年(一八八三)フランスに遊学、帰国後外務省に入り、同三五年ベルギー公使となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む