…鎌倉前期の武士。景員の子。加藤次と称す。景員は伊勢国目代であったが,平氏との内紛により本領を去り,伊豆の狩野介茂光のもとに赴き,嘉応年中(1169‐71)勅を奉じて伊豆に拠った源為朝を討った。景廉は1180年(治承4)8月の源頼朝の挙兵に従い,山木判官兼隆を討ち,その後石橋山の戦に敗れて甲斐にのがれた。源平戦では84年(元暦1)源範頼の軍に属して西海に平氏を討った。89年(文治5)の奥州征伐では阿津賀志山の戦に功をたて,遠江国浅羽荘地頭職を恩賞として与えられた。…
※「加藤景員」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...