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治承 ジショウ

大辞林 第三版の解説

じしょう【治承】

年号(1177.8.4~1181.7.14)。安元の後、養和の前。高倉・安徳天皇の代。ちしょう。

ちしょう【治承】

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本の元号がわかる事典の解説

じしょう【治承】

日本の元号(年号)。平安時代の1177年から1181年まで、高倉(たかくら)天皇、安徳(あんとく)天皇の代の元号。前元号は安元(あんげん)。次元号は養和(ようわ)。1177年(安元3)8月4日改元。京都富小路から出火し、大内裏・大極殿をはじめ洛内2万戸が焼失した大火を理由として行われた(災異改元)。『河図挺佐輔』を出典とする命名。治承年間は平氏の全盛期にあたる。1179年(治承3)、平清盛(きよもり)は対立を深めていた後白河(ごしらかわ)法皇を幽閉し、院政を停止させた。翌1180年(治承4)、「源平の戦い」と呼ばれる6年に及ぶ治承・寿永(じゅえい)の乱が始まる。同年4月、後白河の皇子以仁王(もちひとおう)が平氏追討の令旨(りょうじ)を発し、8月にはこれに応じて源頼朝が挙兵した。この間に高倉天皇が退位し、幼少の安徳天皇が即位。6月には、清盛が安徳を奉じて福原(現在の神戸市兵庫区)に遷都を行っている(11月に還都)。同年9月、木曽の源義仲(よしなか)(木曽義仲)が平家討伐の兵を挙げ、10月には頼朝が関東の武士の助勢を得て鎌倉に入っている。

出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報

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