日本歴史地名大系 「助戸村」の解説 助戸村すけどむら 栃木県:足利市助戸村[現在地名]足利市助戸一―三丁目・助戸仲町(すけどなかちよう)・助戸東山町(すけどひがしやまちよう)・助戸新山町(すけどしんやまちよう)・助戸大橋町(すけどおおはしちよう)・芳町(よしちよう)・久松町(ひさまつちよう)・末広町(すえひろちよう)・富士見町(ふじみちよう)・真砂町(まさごちよう)・弥生町(やよいちよう)・花園町(はなぞのちよう)・相生町(あいおいちよう)・大橋町(おおはしちよう)一―二丁目・新山町(しんやまちよう)・千歳町(ちとせちよう)・常盤町(ときわちよう)・錦町(にしきちよう)・寿町(ことぶきちよう)など袋(ふくろ)川西岸の平地に位置し、西の助戸山で足利五(ご)ヶ村、山の南方で足利新田に接する。介戸とも記す。観応三年(一三五二)七月二四日の足利尊氏袖判下文(佐野文書)に「介戸郷」とみえ、同郷内の紀五小太郎跡の替地として足利庄梅園六郎重綱跡が佐野秀綱に宛行われている。永禄四年(一五六一)四月五日には同郷内の一五貫文の地が有間斎に宛行われ(「長尾景長充行状」秋間正二氏所蔵文書)、同一二年閏五月一五日には同郷内六〇〇文の地が「足利庄七社御神領」として木村弥三郎大夫に安堵されている(「長尾景長安堵状」木村文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by